2018/05/24

こんなはずじゃなかった!絶望からの転機【教えて!留学エージェントの裏側 小野里 寛子 #2】 

 

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31歳で会社を辞めて英語ゼロからセブ留学に挑戦。そしてマルタやイギリスなどの欧米にもチャレンジして人生が変わりました。英語だけではなくて、生き方が変わることが素晴らしいと感動し、この経験を伝えていくことで世界の誰かの力になれたらと思って情報発信や留学サポートを行っています。
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私のこれまでの歩み

こんにちは!これまでたくさんの方の留学体験談をご紹介させていただいていますが、私についてなかなかゆっくりお話する機会がありませんでした。

「英語がもともとできたんじゃないか」などと言っていただくこと多いのですが、まったく違うんです!
これから毎週火曜日は、そんな私の体験談をご紹介させていただきたいと思います。留学行く行かないに関わらず、前に進みたい方のヒントになれば幸いです^^

留学の達人Hiroko

やりたいことを見つけたい、自分を変えたい方へ

前回は「英語大嫌い!海外も外国人も苦手!」という本音をお話してしまいました!

諦めてばかりだったあの頃・・・書きながら情けない気持ちでいっぱいになりました!笑

今回はその後の英語ゼロなのに外資系企業で働いたお話を予定していましたが、振り返ってみるとその前にも重要な転機がありました。

留学のお話はしません

夢に蓋をして、このままの人生で良いのかと悩んでいたあの頃。

そして必死で取り組んだことで拓いた道・・・

今回はそんなお話を書かせていただきます^^

 

挫折だらけの人生

社会人になった私は、仕事をしながらスキルアップ、転職しながらキャリアアップを目指して、何とか就職氷河期を生きていました。

前回の終わりに書いたように、10代の頃からファッションブランドのプレス(広報)職に就く夢がありましたが、

  • (誰も言わないけど)美貌
  • (誰も言わないけど)コネ
  • そして、たいていの募集要項には書いてある「英語力」

の現実にぶち当たって、諦めていました。

 

 

そんなある日、「英語力不問」のプレス職を発見!

すぐに応募して採用されました。

 

しかし、面接では英語の話になって、できない私の採用枠は販売職でした。

気持ちを切り替えて仕事に臨んでいましたが、実はブラック企業。。

女だらけの世界ならではの上下関係と、先輩からの指導という名のいじめにあう毎日。

販売の仕事は好きだったのに、笑顔が作れなくなって・・・

身も心もぼろぼろになって、1ヶ月で退職してしまいまい、働くことに自信をなくしてしまいました。

この先どうしよう・・・

 

もう販売職には戻りたくないと思っていた時、人材会社からある会社の人事の仕事を紹介してもらえることになりました。

 

夢を思い出す環境に・・・

その会社では、労務管理として全従業員の給与計算や勤怠管理を担当することになりました。

人事の仕事は採用業務に興味があり、労務管理は向いてないと思いましたが、様々な職種の働き方やライフプランについて学べるチャンスと捉えました。

諦めきれない葛藤

毎月、全従業員のタイムカードを見て勤務状況を確認するのも仕事です。

やっぱり気になるのは、海外出張が多いバイヤー職や叶わなかったプレス職。

 

世界中を飛び回るバイヤー。

プレスは深夜勤務も多いからハードそうだけど、やっぱり楽しそう・・・

 

一方、私はルーチンワークで保守的な毎日…

正反対の世界に憧れました。

しかし、会社の組織は縦割りなので、仮に社内公募が出ても配置転換を望めそうにありません。

本当に私はこのままで良いんだろうか、諦めるしかないのだろうか・・・

せっかく恵まれた仕事を紹介してもらったのに、高望みをしているのではないか・・・と日々悩んでいました。

会社が人生の可能性を決めていいの?

そんなある日、就労規則の管理にも携わることがありました。

当時いた会社は「副業禁止」!

これに納得がいきませんでした。

会社とは週5日の就労と責務を担うことでの労働契約なのに、それ以外の時間まで決められること。

プライベートの時間は、会社の名前を使って仕事をするわけじゃないのに・・・。

 

会社が人生のチャンスや可能性をコントロールする権利があることに、納得がいきませんでした。

 

会社はそこまで人生の責任取ってくれるわけでも、保証もしてくれるわけでもないと思います。

 

また、従業員も会社に求めて依存するのは違うと思いました。

 

会社は会社。自分は自分。

会社に依存する生き方はしたくない・・・どうしたら良いんだろう・・・

 

何を諦めていたんだろう!私のバカ!

そんなふつふつとした日々を送るある日、映画を観に行く機会がありました。

これが大きな転機となりました!

 

映画最高の人生の見つけ方

ーー「一度きりの人生なら、華々しく生きようじゃないか。」

余命を宣告された時、彼らが作ったもの――それは棺おけリスト。
棺おけに入る前にやっておきたいことを記したそのリストを携え、二人は生涯最後の冒険旅行に出掛ける。
望むものは何でも手に入れてきた男が、本当にほしかったものとは?
家族のために夢をあきらめ続けてきた男が、最後に見つけた幸せとは?
人生を悔いなく楽しく生きるのに、遅すぎることなど決してないというメッセージが心に響く、感動の物語。ーー(Amazonより抜粋)

 

私が共感したのは、家族のために夢を諦めていた主人公のひとりです。

彼の姿を見てハッとしました。

気づいてしまった本心と反対する周りからの迷いや葛藤・・・

そして自分の人生を生きる決断をして世界へ飛び出した先には、見たこともないダイナミックな景色!

勇気を出して行動からこそ得られる感動!

人生は一度きり!

人生って素晴らしい!

 

・・・嗚咽を漏らして号泣してしまいました!

 

「わたし、何を諦めていたんだろう・・・!」

 

「誰のために生きているんだろう」

 

「世界は広い。世界が見たい!」

 

そうして、私は自分の本心と向き合い、行動することを決めました。

 

できることは何でもやる!

その映画をきっかけに、本気で自分を変え始めました。

こうなったらヤケクソです!

わたし、正社員になりません!

 

 

まず、当時は契約社員だったのですが、正社員になるのを辞めました。

正社員になったら、副業禁止規定を完全に受け入れないとならないからです。

「せっかく正社員にしてあげるチャンスをあげるのに」という社風の上に「正社員になったら君のやりたい業務をやらせてあげるから」と言われてきたので(社畜〜!)、試験を受けないという決断は、会社からの風当たりが強かったです。

しかし、「会社は会社、自分は自分!」と乗り越えました。

 

会社以外の世界を拡げまくる!

会社と家の往復生活では、会社の価値観に洗脳されそうだったので、とにかく世界を拡げようと思いました。

そこで、平日の夜と土日に片っ端から働くことを決めました。

スキルを付けて、本当にやりたかった仕事に就けるチャンスを掴みたかったからです。

引越しのバイト、試験監督、大学の事務員、名刺の入力、電話番・・・などなど、できることは何でもやりました。

 

 突然チャンスが降ってきた!

そうして毎日がむしゃらに働いていたら、なんと海外の仕事に携われるチャンスがやってきました!

仕事のお手伝いをさせていただいていた経営者の方からお話をいただいたのです。

それも、人事の勤怠管理をしながらずっと憧れていた「海外と日本をつなぐ」「英語を使う」「バイヤー」の仕事でした!

諦めていたことが一気にやってきて、びっくりしました!

 

全力で二足のわらじ

平日昼間の会社員生活をしながら、そのプロジェクトにも全力で取り組みました。

スマホがない時代だったので、早起きをして出勤前に取引先にメールを送信して、昼休みは電話でアポ取り、終業後に商談に行って、急いで帰宅してメールを送信して・・・という毎日。

休みはありませんでしたが、ふつふつしていた想いが報われるような気持ちで、無我夢中で取り組みました。

そして、会社の居心地が悪くなってきたこともあり、副業だったプロジェクトに専念するために、退職しました。

不安がなかったといえば嘘になりますが、この決断は自分で人生を切り拓く覚悟となりました。

 

初めての海外の方との仕事

プロジェクトのゴールとして、海外から外国人のオーナーを招いて展示会を行うことになりました。

その時に、人生で初めて海外の方と仕事したのです。

といっても、英語は全く話せません。

「ハロー、ナイストゥミーチュー」がやっと・・・

何も話せなかったけど、海外と日本を繋ぐ「その場」に、とてつもなく感動したのです。

まるで、あの映画を見たときのように胸が熱くなりました。

 

英語と海外に繋がる仕事がしたい!

プロジェクトが無事成功し、役割を果たしたので、新しい仕事を見つけることになりました。

もう諦める自分には戻りたくありませんでした。

あの感動を元に、本当の自分の願いに立ち向かいたいと思いました。

 

そして、「次は英語と海外だ!」と強く思いました。

すると、こんなことあるのかと思うのですが笑、30分後くらいに人材紹介会社から電話が鳴ったのです。

「海外のブランドで、プレス(広報)職を募集しているのですが、興味ありませんか」と・・・

 

そうです。ずっと諦めていたプレス(広報)職の仕事がやってきたのです!

それも、海外の!(英語を使う!)

そうして、私の新しいチャレンジが始まりました。

(つづく)

まとめ

少し長くなりましたが、お読みくださいまして、ありがとうございます!

 

夢を諦めていた頃の私は、自分が好きになれなかったので、何をしても楽しめませんでした。

人生を諦めていて、いつも人と比べて生きていました。

映画を見たことがきっかけとなって、ネガティブな自分を変えたくて必死で努力を始めるうちに、やりたいことができるチャンスが巡ってきました。

もちろん留学も大きな転機になりましたが、あの頃がなければ今も留学に行ってなかったかもしれません。

「夢を諦めないで立ち向かう勇気」

「何でもやってみる中でやりたいことが見えてくる」ことを学びました。

 

次回は、今度こそ「英語ができないのに外資系で勤務することになった編」を書きます!お楽しみに^^(毎週火曜更新)

 

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英語大好きからの挫折、英語コンプレックスのはじまり【教えて!留学エージェントの裏側 小野里 寛子 #1】 

 

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